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♠
「──この子は私が引き取ります」
うちの
二人で
当時十
よくわからなかった。
人が死ぬということはよくわからなかったけれど、二人にもう会えないと思うと、とても悲しい気持ちになった。
そして──
亡くなった
保育園にいる
それはなんだか、
けれど。
パパとママが死んだことを、まだわかっていないのかもしれない。
人が死ぬということがどういうことか、わかっていないのかもしれない。十
そんな
まるで──決めつけるみたいに。
まるで──植えつけるみたいに。
お酒が入ると──そのタイミングを待っていたとばかりに、大人
──だから、うちじゃ引き取れないと言ってるだろ。
──うちだって無理よ。三人も子供がいるのよ。
──兄貴はどうだよ。まだ独り身だろ?
──ふざけんな。子供なんていたら、ますます
──
──ダメだ、
──そうよ、
──だったら、お母さんが見たらいいでしょ。
──私はお
声を
要するに──
十
不意に
だんっ! と。
テーブルを強く
「──この子は私が引き取ります」
「聞こえませんでしたか? この子は──姉さん
周囲の大人
年は
垂れ目がちで、温和な顔つきをしている──けれど今、
「ちょ、ちょっと、なに言ってるのよ、
「あなたが引き取るって……そんなことできるわけないでしょう。あなた、今年やっと働き始めたばかりなのに……そんなあなたが、子供一人の
「ごめんね、お母さん。でも──もう決めたから」
「これ以上一秒たりとも、
迷いない足取りで、
「
「
「そう、おばさんと
「……でも、
「
「……じゃあ
「そうね。でも実は、おばさんも今、ひとりぼっちなんだ」
「
「そうそう。困っちゃうわよねー。就職決まったから、調子に乗って一人暮らし始めたんだけど……生まれてからずっと実家暮らしだったから、一人で生活するのが、
だからね、と
「おばさん、毎日が
「……ん。いいよ」
「よしっ! おいで!」
少女の手を取り、そのまま
「わーっ! 久しぶりに
「ふふっ。おばさん、おばさんみたい」
「あーっ、そういうこと言う悪い子は、こうだぞ? このこの~っ」
「あははっ、やめて、
楽しげに、今この
周囲の大人
神様の
悲劇を
♥
シングルマザーの朝は早い。
はあ、中学までは給食があってよかったのになあ。
「……なんて
一息つきつつ、私は四角いフライパンで卵を焼いていく。卵焼きは朝食のおかずにも子供のお弁当にも使えて、主婦の強い味方よね。
並行作業していた
ちょっと味見。うん、今日も上出来♪
完成した朝食をテーブルに並べているタイミングで、
「わーっ! ヤバいヤバい! 完っ全に
ドタドタと
『
階段を降りて洗面所へと向かい、ドタドタと準備を終えるとリビングへと入ってくる。
一応、県内有数の進学校。中学の成績は正直
ああ、もうっ、雑に着るからシャツがシワだらけじゃない。
せっかく昨日アイロンかけてあげたのに!
「なんで起こしてくれなかったの、ママ!?」
「何度も起こしました。あなたが起きなかったの。ほら、さっさと食べちゃいなさい。早くしないとタッくんが来るわよ」
「わかってるってば!」
血は
ああ──いや。
厳密には、血が
私のお姉ちゃんが、お
あの日から──
なんだかちょっと信じられない。
あっという間で、
いろいろあったけれど──一言では語り
この子が『ママ』と呼んでくれるだけで、私は毎日を
「あーあ。まったく……タク兄も、毎日
「そんなこと言わないの。せっかく
「どういう意味?」
「別にぃ。ただね、あんまりのんびりしてると、タッくんを他の女の子に取られちゃうわよ?」
「あのね……いつも言ってるけど、私とタク兄はそういうんじゃないから。ただの
「えー、そうなの?」
「そうなの。私はタク兄のことなんてなんとも思ってないし、向こうも私のことなんてなんとも思ってないよ」
「ふぅん。まあいいけど」
まったく、
お似合いだと思うんだけどなあ、
向こうだって、なんとも思ってないってことはないでしょう。
なんの下心もなく、毎朝毎朝
と、そのとき。
家のチャイムが鳴った。私は
「おはようございます、
ドアを開いた私に、
清潔感のあるシャツに、細身のジーパン。
「おはよう、タッくん」
タッくん──こと、
この家の
私がこの家に住む前から──つまり、姉
十年前──私が
ちなみに、タッくんは
有名大学に通う
「ごめんね、タッくん。
「ごめん、タク兄! ちょっと待ってて!」
リビングから声だけで言う
「わかりました。てか……
「うふふ、ごめんね。なかなか昔のクセが
つい
「小さい
初めて会った
でも、中学で水泳を始めた辺りから、背がどんどん
私はつい一歩
すると、タッくんは照れたような顔で一歩
「や、やめてくださいよ。子供じゃないんですから」
「あら、ごめんなさい。タッくんってば本当に大きくなったなあ、ってしみじみ思っちゃって、つい」
「……呼び方も」
「あっ、ほんとだ。うーん……なんだかもう、完全に『タッくん』で慣れちゃってるから、急に変えるのも難しいわね。この十年『タッくん』って呼んできたわけだし」
「…………」
「代わりにタッくんも私のこと、昔みたいに『
「なんの代わりなんですか……?」
「うふふ。いいじゃないの。私はタッくんのこと、
「……
ぽつり、と。
「
「タッくん……?」
「……あっ。す、すみません。なんか、当たり前のこと言っちゃって」
「え。う、ううん……いいのよ、別に」
びっくりしちゃった。
だって──急に真面目な顔をするから。
「──ごめんごめん、
朝食を終えたらしい
「お待たせ、タク兄」
「おう。それじゃ
「行ってきまーす」
「ええ、行ってらっしゃい。あ。そうそう」
私はふと思い出して、念のために言っておく。
「今日の夕方……五時ぐらいから始めるから、二人とも
「はい」
「わかってるって」
言われるまでもない、とばかりに
私はホッと一息。
毎朝
もしも、と考えてしまう。
不意に、考えてしまった。
もしも
今度は私が、ひとりぼっちになってしまうのだろうか。
「……いやいや、まだ早すぎるから」
まだ
高校に入学したばかり。
そんな未来を想像して不安がるのは、
「でも……まあ、そうね。相手がタッくんなら……
全然、
タッくんは真面目でいい子だし、いつの間にか背も
となれば……やっぱりあの二人には、早くくっついてもらわないとね!
ちゃっかり私の老後の
「お似合いだと思うんだけどなあ──うん?」
かわいらしい包みに包まれたそれは、私が早起きして
「あ~~っ、もうっ!」
大急ぎで家から飛び出し、仲良く歩いている二人の背に声をかける。
「ちょ、ちょっと
こんな
母親モードから、社会人モードへと
テーブルの上にノートPCを広げ、飲み物も準備。
ちなみに飲み物は、『ドルチェグスト』で用意した『ウェルネススムージー』。
飲みやすくフルーティーな
「──じゃあ、
『うん。よろしく
電話の向こうから聞こえるのは、いつもの
『しかし今回のプロジェクトでは、
「なに言ってるんですか。私なんて、ただのしがない編集ですよ」
『
「十年、ですか……」
『そう、十年だ。ふむ……自分で言っておいてアレだけど、なんだか不思議な気分だよ。
元々は
私はその新会社に──十年前に入社した。
業務内容は……人には大変説明しづらい。
社長の『楽しければなんでもいい』という
私は
「……
十年前──私は『ライトシップ』に入社してすぐのタイミングで、
新入社員が、いきなり
人事からしてみれば、ふざけんな、という話だろう。最終面接での『
当然の
正直、クビになっても仕方がないと思っていた。
しかし
『礼を言われるほどのことじゃないよ。社員が最大限に働ける
「
『しかし、その引き取った少女──
「私の幸せ?」
『
「か、
『
「別に、
『
「……三回も
『あはは。私は
毒づいてみても、まるで気にする
三回の
私は一つ息を
「
十年前、
姉
一度も
無責任に
今の私が
ただでさえ──私と
「
愛する
これ以上望むのは、
『ふむ。きみほどの美人がもったいない話だね。女の
「
『おっと失礼』
さすがにセクハラで
「そりゃまあ、男が
『大学卒業って……その
「まあ、それはしょうがないですね」
私は
「もし
在宅での仕事を早めに切り上げてから、私は夜のために準備に取りかかった。料理を作ったり、予約していたケーキを取りに行ったり。高校から帰ってきた
今日の夜はうちでパーティーを開くことになっている。
一日
「んんっ。えー、それでは、我ら
私の
ちなみに中身は、
「すみません、わざわざお祝いしてもらって」
サラダやローストビーフ、ピザなどのパーティーメニューが並んだ
「お祝いするに決まってるでしょう? タッくんはもう、うちにとって家族みたいなものなんだから。はい、どうぞ」
料理を取り分けて
「ありがとうございます。すごく
「大したことないわよ。買ってきたのも多いし。昨日の方が、おうちの人に
「うちは外食しただけですから。正直……
「あら。
あーんもう、タッくんってば……
ほんと、今すぐにでも
「タク兄も
自分で勝手にサラダをよそって食べていた
「これでもう、犯罪起こしても
「なにを気をつけるんだよ。犯罪なんかしねえよ」
「どうかなあ。タク兄みたいな真面目そうな
「……お前、そういう失礼なこと言ってると、宿題倍にするからな」
「ええ!? なにそれ、職権乱用じゃん! てかタク兄、なんでまだ家庭教師してくんの? 受験終わったんだから、もういいでしょ!」
「私からお願いしたのよ」
不満げな
「
「えー、そんなぁ」
「不出来な
「
「……ぶー」
笑い合う
「あっ。そうそう思い出した」
私は席を立ち、キッチンの
「じゃじゃーん! もらい物のワイン!」
得意げに
「うふふ。ちょっと前に、
「え……いいんですか? こんな、高そうなの」
「いいのいいの。私、一人じゃあんまり飲まないから。ずっと放置しちゃってたのよね」
お酒が
「タッくんが
「……そういうことなら、
私は
「わー、いい
「むー……いいなあ、ママとタク兄ばっかり」
「ねえ、ママ。私にもちょうだい?」
「ダメよ。あなた、ピチピチの女子高生でしょ。
「ケチ。ちょっとぐらいはいいでしょ」
「ダメったらダメ。最近はね……その辺の規制が本当に厳しいのよ。未成年の飲酒シーンはギャグだって許されないんだから。だから無理矢理キャラの
「いいからちょうだいってば!」
つい出てしまった出版業界関係者っぽい
「ちょっと、
「一口だけ、一口だけでいいから」
「ダメよっ。
「……二人とも、あぶな──」
「「あっ」」
中の液体は、
頭から
「タッくん。これ使って」
「どうも」
「……ごめんね、
「いえ。事故ですから気にしないでください」
「気になるなら、シャワー浴びちゃってもいいわよ?
「なんなら……」
ふと
「私と
「えっ!?」
案の定、タッくんは顔を真っ赤にしていいリアクションをしてくれた。
「ワインをかけちゃったお
「な、なに言ってるんですか……」
「うふふ。そんなに照れなくてもいいじゃない。昔、
「それは……十年前の話でしょ」
困り果てた様子のタッくんに、私はクスクスと笑う。
「うふふ。ごめんごめん。
「……からかわないでくださいよ」
「じゃ、
私は洗面所を後にして、
「タッくん、
目の前では──ちょうどタッくんが、
「あ……す、すみません」
「う、ううん。私こそ、急に開けてごめんなさい。えと……き、
横の
「……はあ」
男の上半身を見たぐらいで照れちゃうなんて……
ああ──でも。
なんていうか……ちゃんとした、男の
当然ながら、もう
かわいくてかわいくて仕方がなかったお
タッくんの
三人で料理を楽しみ、最後には私の手作りケーキを出したりもしちゃって、あっという間に三時間ぐらいが経過した。
「ずいぶんと
ワイングラスを
リビングには、私とタッくんの二人だけ──
「そろそろ帰らなくても
「ええ。うち、門限とかないですし。もしかしたら
「あらそう。じゃあ、もう少しだけおばさんに付き合ってね」
そう言って私は、タッくんのグラスにワインを注いだ。
「いただきます」
「あ。でも、飲み過ぎには注意してね。無理に
「
「へえ、そうなんだ。ってことは……
「あー……いや、えっと。今の発言は、なしで」
「ふふっ。わかった、聞かなかったことにする」
二人で笑い合う。
ああ、なんだかすごくいい気持ち。久しぶりに
「はぁー……なんだか、信じられないなあ。タッくんとこうして、
グラスの中のワインをくるくる回して
「年を取ると、時が
「……
「いいのよ、無理してお世辞言わなくて」
「お世辞じゃないです!
言葉の
「ふふ。ありがとう。タッくんだけよ、私にそんな
「ねえねえタッくん」
私はつい、身を乗り出して
「タッくんって……
「……っ。な、なんですか、いきなり」
「いいじゃない。
うーん。なんか、本当に
「どうなの、タッくん? 本当のとこ、おばさんに教えてよ」
「い、いないですよ」
じっと見つめながら問うと、タッくんは
「……つーか、正直に言えば、今までいたことないです」
「えー? そ、そうなの?」
意外だったので少し
するとタッくんは、傷ついたような顔になった。
「そんな引かないでくださいよ……」
「あ……ご、ごめんね。別にバカにしたわけじゃなくて、ちょっと
「モテないですよ、
「
「
「ほら、やっぱりモテてる。その子
「まあ……なんか、
「ふぅん。そうなんだ。じゃあタッくん──好きな子は?」
「え……?」
「今、好きな子はいないの?
「そ、それ、は……」
タッくんは
おやおや、この反応は……。
「あー、いるんだ。
「……っ」
「うふふ。そうよねー、健康な男の子なら、好きな子ぐらいいるわよねー。ねえねえ、
「え、えっと……」
「もしかして──タッくんは長い間、その子に片思いしてたりするの?」
「──っ!?」
カマをかけてみると、かえってきたのはわかりやすい反応。
やっぱり!
これ、絶対
やっぱりタッくんは……うちの
きゃーっ、すごいすごい! なんかもう、すごくテンション上がっちゃう!
「今まで
「えっと……そ、そう、ですね」
「
すごいっ。
めっちゃ純愛だわ。
ああ、どうしよ。聞いてるだけで胸がキュンキュンしてくる!
「こ、告白しようとか、思わなかったの?」
「……め、
「それに?」
「
「
私は言う。
「愛があれば、年の差なんて関係ないわ」
「
「告白する前から
「それは……い、
「だったら答えは一つよ、タッくん」
「自分に自信を持って。
「勇気を……──っ!」
直後。
タッくんが、勢いよく立ち上がった。
情熱を秘めた目で──迷いも
「あ、
「
「わ、私に?」
私にって、どういうことだろう?
あっ。そうか。
つまり──
ははーん。
いいわよいいわよ。返事は
「……本当はもう少し
そして。
タッくんは言う。
不安に
「
「………………」
………………。
…………。
……。
え?
あれ……? 聞き
「タ、タッくん……? や、やだもう、
「え……。ま、
「だって、あなた今……わ、私のことを、好きって……」
「……? なにも、
真顔で言うタッくん。
うん? え……あれ? ええ?
ちょ、ちょっと待って。ちょっと待って……え? え? え?
軽いパニックになってしまう私を無視して、タッくんは
「
「…………」
それなのになぜか体中が熱くなる。男の人から面と向かって『大好き』なんて言われたの、初めてかもしれない。心臓は
なにこれ。どういう
混乱の極致となった私は──心の中でこう
♥
翌日は──
「……んー……あー……七時半か……って、えええええっ!?」
まずい。まず過ぎる。
主婦の起きる時間が七時半って、いろいろ終わってる。
七時半って──
「ああ~~……どうしよ、どうしよ。朝ご飯に、お弁当に……ああ
「──あ。おはよう、ママ」
絶望的な気分で階段を降り終わると、ちょうど
「やっと起きたんだ」
「……
「
平然と言う
改めて見てみれば、その格好はすでに制服姿。
今すぐにでも家を出られそうな格好だった。
「昨日、早めに
「……そう。ごめんね、明日からはちゃんと作るから」
「ううん、別にー。てか
「……っ!?」
タッくんの名前が出た
「え、えっと……どど、どうだったかしらねー……」
自分でも笑えるぐらいに声が
別に、
ベッドに入った時間は、いつもと変わらぬ十一時ぐらい。
ただ──そこから全然
──
「……どうしたのママ。顔真っ赤だけど、
「ええっ!?」
「熱でもあるんじゃないの? 体温計、持ってこようか?」
「だ、
「ならいいんだけど──あっ。タク兄、おはよー」
昨夜の混乱を引きずりまくっていた頭が、
「ああ。おはよう、
それからタッくんは、私の方を向く。
「……お、おはようございます、
声はわかりやすく
そして私の方も──頭が真っ白になる気分を味わっていた。ほとんど毎日見ている顔なのに、今はその顔が直視できない。
「お、おお、おはようタッくんっ……あっ!?」
今の自分の格好を思い出し、
「ご、ごめんね! 私、こんな、見苦しい格好で……!」
「……なに
う、うわぁ~~、
なにやってるの私!?
なんでこんな思春期の
パジャマ姿より、パジャマ姿を
これじゃ、まるで。
タッくんのことを、急に男として意識し出したみたい──
「──
「
「うん? まあ、別にいいけど」
ドアが閉まる。
二人きりになった
少しの
「
と、タッくんが口を開いた。
「
「う、うん……ちょっと、
「……
そう言って、タッくんはまっすぐ私を見つめてきた。
昨日と同じ、
「
「だ、
無意識のうちに、私は声を上げていた。
相手の言葉を
「き、昨日のことは、聞かなかったことにするから!」
「え……」
「だから……タッくんも全然、気にしなくていいからね。ア、アレでしょ?
「
「わ、忘れましょうね。お
「
張り上げた
「なんで、そんなこと言うんですか……」
タッくんは──心外そうな顔をしていた。
「昨日、
でも、とタッくんは言う。
「言ったことは全部本当のことです」
「……っ」
「
タッくんは言う。
歯止めをなくしたみたいに、言葉を重ねる。
私への
「
「タッくん……」
「返事は今すぐじゃなくてもいいんで……。でも……考えてもらえたら、
それじゃあ──行ってきます。
と言って。
私は、へなへなとその場にへたり
「……本気、なんだ」
だから──ほとんど無意識のうちに、
お
でも。
背水の
「タッくん……本気、私のことが好きなんだ……ずっとずっと、私のことが好きで、片思いしてた……うう~、あ~、うわ~、あ~~~っ」
私は頭を
「……ど、どうしたらいいの~~?」
♠
「
経済学部講義
学部必修の近代経済学──その講義中に、
「やべ……」
「要点は大体メモ取っといたけど、コピーする?」
「あー、悪い。助かる」
「いいよ。
背は低く、体つきは
とても
服装は実にオシャレな感じで、アクセサリーなどの小物にもセンスが光る。男なのに──とか言うと前時代的かもしれないが、手には色の
大学で知り合った同じ学部の友人で、今じゃゼミも
「でも
「昨日、あんまり
「ふーん? そんな
「いや、課題ってわけじゃなくてさ」
「となると……また、お
「……っ」
「お。図星みたいだね」
「
「……うるせえよ」
毒づくように言いつつ、
昼時の学食は混雑していた。
食券を
「──え。
話を聞いた
以前、二人で宅飲みをしたとき、うっかり口が
「へー。へぇー……うわー、どうしよ。なんかウケる」
「……ウケるなよ。こっちは
「わかってるって。でも、悪いけどテンション上がっちゃうよ。大親友のきみが、とうとう十年物の
興奮を
はあ。
なんだか──
「本当に好きだったんだね」
「なんだよ、信じてなかったのか?」
「いやまあ、疑ってたわけじゃないけど……どっか信じられない気持ちはあったよ。十
「…………」
それはまあ──そうなんだろう。
そんなことはわかっている。
重々承知した上で──
付き合いたいと、思い続けてきた。
「なんだっけか? 十
「ち、ちげえよ。人を変態みたいに言うな」
「でもお
「…………」
あるけど。
「十年前の
「……うるせえよ。別に混浴だけがきっかけじゃねえっつーの」
まあ──
でも、それだけじゃない。
それだけでは片付けられない。
十年の片思いは、とても一言で語れるものではない。
「まあ、ある意味すごいよ。他の女には目もくれず、十年間一人の女性に片思いしてたわけだからなあ。変態と純愛ってのは、案外、
どこか
「友達の若くて美人のお母さんが
「…………」
「でも
感心してるのかバカにしてるのか判断に困るような口調で言いながら、
「なんにしても、気持ちを伝えられてよかったね。告白、お
「……うっせ。やめろ」
「でもまあ、
「うぐっ……や、やっぱ、そうかな……」
一番の
告白するにしても、シチュエーションってものがあるだろう。
「……あ、
「そりゃ、向こうは
「……そう、なんだろうな」
昨晩や今朝の様子を見れば、
良くも悪くも、
「なんか……申し訳なくなってくるよ。
「告白するって、そういうことだからね」
「勇気を出して思いを言葉にして告白する……世間
全くもって
告白を断られて『今まで通りの関係でいましょう』と言われたとしても、今まで通りに
「
「ああ……」
返事はまだもらっていない。
というか、
でも、いつまでも引き延ばしてもいられない。
そろそろ限界になっていた。
片思いをし続けることにも──そして、相手が
♥
その日は、仕事も家事もほとんど手につかなかった。
なにかに集中して忘れようとしても、どうしても頭から消えてくれない。タッくんの告白が
男の人に告白されたのなんて、何年ぶりだろう?
学生時代は、何度か告白されたこともあったけれど──いや。
あんなにも真面目で
タッくんの
「ただいまー。ママ、今日のご飯な──って、なにこれ?」
いつの間にか帰ってきた
ゴチャゴチャして散らかった部屋。
まるで、今の私の心みたい──
「どうしたの、ママ? なにこの
「……ああ、おかえり、
ソファに体を預けていた私は、体を引きずるように立ち上がる。時計を見ればすでに五時過ぎ。ちょっとだけ
「ごめんね、すぐに片付けるから。あと……今日のご飯、外食でもいい? 全然、準備してなくて」
「それはいいけど……
「だ、
言い訳して、
「……タク兄となんかあったの?」
「えっ……な、な、なんで……?」
「今朝、二人とも様子おかしかったし……。昨日の夜、私が
「な、ななっ、なんにもないわよ! あるわけないじゃない! あはは、おかしなこと言うわね、この子は……あは、あははー」
必死に
「まさか──」
どうということもない口調で、しかし
「タク兄に告白でもされたの?」
「──っ!? ──痛っ!」
ゴン、といい音がした。
「~~っ! い、いった~い……」
「やっぱりそうなんだ」
額を押さえて
「ち、ちち、ちがっ、
「そっかそっか。やーっと告白したのか」
「──頭に
「いやー、ほんと長かったなあ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、
大混乱に
待って待って。なにこの、
大事件でしょ、これは!?
もしかして──
「……あなた、知ってたの?」
「知ってたって……タク兄がママに
「う、うん……」
は、
改めて言われると、すっごく
「知ってたっていうか、まあ気づくでしょ。タク兄、わかりやすかったし。ま、
「……っ!」
「まったく、
「だ、だってぇ……」
「そんなの……わかるわけないでしょ? 私とタッくん、十
……自分で言ってて悲しくなってきた。
でも事実だ。
今の私は、若い子から見たら立派なおばさんなんだと思う。自分だって
だから──夢にも思わなかった。
自分がまさか、十以上年下の子の
「まあ私からしたら、ママなんてただのおばさんだけど、タク兄から見たらそうじゃなかったってことでしょ」
フォローのようでフォローじゃないことを言う
「
「それは……」
私もタッくんに言ったけど、その
勢い任せで言った
「……私、タッくんはてっきり、
「何っ回も言ったけど、それはママの
「だってタッくん、毎日あなたのこと
「ママの顔が見たいからでしょ」
「あなたの受験勉強だって、すごく熱心に教えてくれて……」
「ママが
「……わ、私が
「それはもう、どう考えてもママのためでしょ」
「…………」
あれ。ちょっと待って。
もしかして……今まで私が『
「……私が好きだから毎朝うちに来て、私が好きだから
「大好きなんでしょ」
「えー……うー、あー、うわぁ~~ん……」
私はもう、
「で、どうするの?」
「どうするって……」
「タク兄と付き合うの? 付き合わないの?」
「そ、そんなこと、急に言われても……」
「言っとくけど、私に気を
軽く言うと、
「私ももう十五
「お、
「うん。ママとタク兄が
「
告白されたことで頭がいっぱいいっぱいで、そこから先のことは全く考えられずにいた。
私とタッくんが
「私、タク兄のこと、
パニックに
「男としてはタイプじゃないけど、人としては好きだし、
「……い、いい加減にしなさい、
「別にからかってるつもりはないよ」
そこで
今までの
「私もさ……罪悪感っていうの? なんかそういうの、少しは感じてるんだよね。私みたいな『他人』のせいで、ママの二十代を
ハッ、と息を
心臓が
「ママみたいな美人が
「──
私は言う。強く言う。言わなければならない。
今の言葉だけは、否定しなきゃいけない。
「私はあなたのことを『他人』だなんて思ってない。それに……あなたのせいで自分の人生が
声には熱が
段々と
「ねえ、
「あー、いいからいいから。そういうの、いいから」
感情が高ぶる私と反比例したかのように、すっごく冷めた顔で。
「いらないから。そういう、ありがちな感動話は」
「んなっ!?」
ありがちな感動話ってなに!?
今、すっごくいいこと話そうと思ったのに! 最高の思い出話で感動の
「ママ、最近お酒飲むといっつもその話して泣き始めるんだもん。いい加減、聞き
「う……」
「まあ、
「そ、それは……」
まあ。
そういう部分は、やっぱりあるのだろう。
元々私は
「ママ。私はさ、ママのこと、本当のママだと思ってるんだよね」
すごく感動的な
「ママだって、私のことを本当の
「う、うん……」
「だったらわかるでしょ? ママが私に『幸せになって
「…………」
「私のこと一番に考えてくれるのは
「…………」
私はなにも言えなくなる。
なんというか……論破された気分。
これ以上ない正論をぶつけられ、ぐうの音も出ない。
「お、大人になったのね、
十五
♥
たとえば
その場合、まあたぶん、多くの人がしばらくはその相手と会わないようにするんじゃないかと思う。
返事も出さないうちに相手に
自分の中できちんと答えが出せるまでは、極力相手には会わないようにするのが、告白された側の
しかし。
世の中、そうそう都合よく済むパターンばかりじゃない。告白相手が日常的に顔を合わせる相手だった場合、お
私とタッくんも、まさにそのパターン。
なんと言っても──お
告白の結果がどうであれ、今後の人生でもなにかと接点が多くなることだろう。
ましてタッくんは今、毎朝
そして今日は。
タッくんが
ピンポーン、と。
夕方五時前──約束の時間の少し前に、
「え……あ、はーい」
返事をする私は──シャワー中だった。
お
「
タッくんが来る前には上がるつもりだったのに……なんでこういう日に限って少し早く来ちゃうのかしら?
やっぱりタッくんで
「……
先ほど「ちょっとコンビニに行く」と言って家を出ていたのだった。不運というのは重なるらしい。
シャワーを止めて、私は改めて考える。
ど、どうしましょう……?
あまり待たせてしまうのも悪い。でも、だからって……タオルを巻いただけで出ていくのは
そういえば。
前にも、こんなシチュエーションがあった気がする。
ちょうど一年前ぐらい。あのときも、私がシャワーを浴びている最中にタッくんがうちにやってきた。
以前の私は、どうしたんだっけ?
一年前──
「はーい。いらっしゃい、タッくん」
「あ。どうも……って、あ、
「ごめんなさいね、こんなはしたない格好で……。ちょうどシャワーの
「だからって……ダ、ダメでしょ。タオル巻いただけって……ちゃんと、服着てこなきゃ」
「うふふ。やだもう、タッくんったら。なにをそんなに
「──っ!? いや、えっと……」
「なんてね。ふふっ。私みたいなおばさんの
「そ、それは……」
「……えーっと、タッくん。さすがにご近所様に見られると
「あっ! す、すみません!」
そう、そうよ。
そうなのよ!
一年前の私は、こんなシチュエーションにもさして
だったら──今日もそうするのが自然よね!
以前と同じ
告白されたことで急激に相手を男として
ならば──やるべきことは一つ。
私は
「い、い、いらっしゃぁい……」
「あ。どうも──っ!?」
「あ、
タッくんの反応は以前とほとんど同じ。真っ赤な顔で思い切り
そう、
変わってしまったのは、私の方──
「ご、ごごっ、ごめっ! シャ、シャワーが、シャワーでねっ! こんな、はしたない、かっこっ、かっこで……」
なんで? どうして?
なんでこんなに──
一年前だってそこそこ
タッくんの顔を──直視できない。
まずい。本当にまずい。
一年前とは
今の私は──タッくんのことを完全に男として意識してしまっている。相手が自分をどういう目で見ているかわかってしまったから、こんな格好で
ああ。
やっぱり失敗だったかも……どう考えても失敗だったかも。
なにやってるのよ、私……。
こんなの、完全に変態の行動じゃない……ていうか、あれ? 改めて思い出してみると……前は、さすがにパンツだけは
あれ。
もしかして今の私って、いい年こいて死ぬほど
「……ダ、ダメですよ、
ノーパンの
「来客が変な男で、
「や、やだ……心配しすぎよ、タッくん。
「そんなことないですよ!」
私の
それから後ろ手でドアを閉めて、静かな口調で続ける。
「
「……え? や、やだっ、なに言ってるのっ」
「す、すみません。でも、しょうがないじゃないですか。好きな女性が、そんな格好で目の前に立ってるんだから」
「す、好きって……う、ううう……!」
タッくんは
「あの、と、とにかく……そういう格好で、
「わ、わかったから。私だって、
「え?」
「……あっ。ちちっ、
「だ、
はあ……なにやってるんだろ、私。
意地と
自己
「ただいまー」
そこに追い打ちをかけるみたいに、コンビニに行っていた
「あれ。タク兄、もう来てたんだ──って、ママ? なにその格好?」
「え、えっとね、これは……
「──ははーん」
言い訳を探す私に、
「知らないうちに、ずいぶんと関係進んでいたみたいですね、お二人さん」
「え?」
「じゃ、私は先に部屋に
「え、あっ……ちょ、ちょっと
必死に呼びかけるも、私の制止を無視して二階の部屋まで
「ど、どうしましょ。あの子、変な
「……いや、たぶん、事情をわかった上で、
「そ、そっか……」
ほっと息を
「
「は、話してない……けど、なんか、気づかれちゃった感じ……。元から、その、なんとなく、察してたみたいで」
「あー……そうか。まあ、
え? わかりやすかったの? じゃあそのわかりやすさにすら全く気づけなかった私って、どんだけ
「……んんっ。あー、えっと……それじゃ、タッくん」
一つ
できる限りクールな口調と態度を心がけて。
「せっかく早めに来てくれたことだし……家庭教師の前に、少しだけ時間もらえるかしら?」
「時間?」
「ちょっと話がしたいの」
私は言う。
「二人きりで、真面目な話を」
「……その格好でですか?」
「き、
足を
「タッくんは、コーヒーはブラックでよかったのよね?」
「は、はい」
きちんと衣服を身に
リビングのテーブルで、
タッくんは少し
無理もない。告白した相手から呼び出されて、二人きりで向き合ってるのだから。
「えっと……ま、まず、話を整理しましょう」
「タッくんは……その、わ、私のことが……す、好き、なのよね?」
「──っ!? い、いきなりですね……」
タッくんは
知らなかった。
ずっと知らなかった。
タッくんが、告白するとき、どんな顔をするかなんて──
「……はい。す、好き、です」
本当に
「言わせないでくださいよ……」
「ご、ごめん。えと、その、念のためっていうか、最終
しどろもどろになりながらも、私は続ける。
「それで……具体的に、どうしたいのかしら?」
「ぐ、具体的に……?」
「私のことが好きなのはわかったけれど──その後の具体的なことは、どう考えてるのかと思って」
「それは……」
タッくんは少し
「し、
「
予想以上に直球のワードが出てきて、思わずのけぞってしまう。
「な、なに言ってるのよ、タッくん……」
「……ごめんなさい。そうですよね。
「ああっ、
別に『親のすねかじりの分際で、
「わかってるの、タッくん……? 私は……あなたとは十以上も年が
「わ、わかってます」
「それに……私には
「もちろんわかってます。だから、許されるのであれば……将来的には
「…………」
「だからこそ、告白するならせめて就職が決まってから、って考えてた部分はあったんですけど……」
「…………」
私はなにも言えなくなってしまう。
話を聞けば聞くほど、
その
一人の女として愛おしさを感じずにはいられなかった。
……ああんっ、もうっ、なんなの!? なんなの、この子? なんでこんな
私との将来を、ずっと考えてたなんて──ん?
あれ。ちょっと待って。
ずっと?
「あの、タッくん……そもそもの疑問なんだけど、あなたっていつから、私のことを……その、好き、だったの?」
「いつからって言われたら……大体、十年前ぐらいから」
「じゅ、十年!?」
思わず目を見開いて
「十年前って……タッくん、あなたまだ、十
「そう、ですね」
「そんなちっちゃな
「そう、なりますね」
えっと……つまりタッくんは、十年間私に片思いしてたってこと!?
十年前──十
あの小さくてかわいかった少年は──実はずっと、私のこと
「十
私が
「えと……まあつまり、ほとんど
タッくんは照れくさそうな顔で、また
「最初に見たときから
「お、お
思わず話を
もちろん。
お
「ちょ、ちょっと待って……タッくん。あなた、まさか……あのときから私のこと、そういう目で見てたの……!?」
「そ、そういう目って?」
「だから……お、女として見てたの、って意味……」
「──っ!? そ、それは」
あのときって私、完全に無
なにもかも全部丸出し。
胸も、お
「う、うう~~……やだ、もう……ひどいわ、タッくん……」
「そ、そんな……! お、
「なっ! や、やめてよ! それじゃまるで、私が小さかったタッくんに、変なことしたかったみたいじゃない!」
「そこまでは言ってないですよ!」
「ち、
「~~っ! お、思い出さないでくださいよ、
「わ、私の方が
あ~、う~。
どんなだったっけ、あのときの私?
なんかもう、
「……そんな
絶望に近い
「あ、安心してください。見てたって言っても、あくまで十
「それでなにを安心しろというの!?」
今すぐ部屋に
ヌルくなり始めたコーヒーを、
空になったカップを置いてから、
「……はあ。ごめんなさい、取り乱しちゃって」
と、話のテンションを
落ち着こう。タッくんはなにも悪くない。勝手に
「とりあえず……事情と背景は大体わかったわ。タッくんが本気だってことも、十分伝わった」
そう告げると、タッくんの表情に
ズキリ、と胸が痛む。
その痛みを必死に
「私は、あなたと交際することはできません」
言った。
きっぱりと、言った。言わなければならなかった、のだと思う。
「え、っと……」
タッくんの表情は
心に
社会人としての、そして母としての、大人の仮面を。
「タッくんの気持ちはすごく
「……常識?」
深い絶望に
「常識ってなんですか?」
「え?」
「常識的に考えて無理って、どういうことですか?」
「それは……じょ、常識は常識よ。わかるでしょ」
「わからないです」
タッくんは身を乗り出して言う。
不安に
「
「……む、無理なものは無理なの。だって
「愛があれば年の差なんて関係ないって、
「い、言ったかもしれないけど……」
タッくんが
それがまさか、こんな形で降りかかってくるなんて!
「でも、現実的に考えたら、やっぱり無理だから」
「……常識の次は現実ですか」
「と、とにかく常識的にも現実的にも無理なの!」
強く言ってから、私は一度深く呼吸する。落ち着こう。感情的になってはダメ。きちんと話し合いをしなければ。
「……タッくんは今、一時の気分で
「うちの親、ですか」
「そうよ。私みたいな子持ちアラサー女との
私は続ける。
「タッくんも知ってると思うけど……私と
土日でどうしても休めない仕事が入ったとき、
他にも、小学校や中学校の入学準備、町内会や自治会のこと、さらには
ずっとお世話になりっぱなし。
自分の両親よりも、お
「私は……タッくんのお父さんとお母さんには、返し切れないほどの恩があるの。だから……わかって
「……そう、なのかもしれない、ですね」
タッくんは
「親のために
「わかってくれたのね。それならよか──」
「でも、安心してください!
「うちの両親のことは、前もって説得しておきました!」
「…………」
はい?
♠
いつから、という話を明確にすることはできないし、きっと大した意味はないのだと思うけれど、それでも
今から大体、十年前ぐらいの話──
当時の〝
小学校に通っていた
小学校が終わった後、〝
しかし帰り道の
「あ、あれ? 開かない……」
ガチャガチャ、と。
ずぶ
「……あっ。そうだ。お母さん、今日はいないんだった……」
今夜は高校の同窓会らしく、近くの旅館に向かうという話だった。
だから昨日の夜、『明日はこれで家に入ってね』と、家の
「ど、どうしよ……? うう……さ、寒いっ」
びしょ
どこか開いているドアはないかと、家の周りを一周してみるけれど、
お父さんもお母さんも、帰ってくるのはまだ数時間先のはず。
雨はまだザアザアと降り続けていて、
どうすることもできず、ただ
「──あれ。タッくん?」
と、
「ど、どうしたの、タッくん。ずぶ
好きと言っても、どういう好きなのかは正直自分でもわからないのだけれど、とにかく好きだった。
美人でスタイルもよくて、うちのお母さんとは大
「おうちに入れないの? お母さんは?」
「……今日、お母さん、夜まで帰ってこなくて。
「そうだったの……よし。じゃあ、おばさんの家にいらっしゃい」
「え?」
「このままじゃ
「さあ、
「お、お
家に入ってドアを閉めると、雨音は一気に遠のく。
「今お
「え……い、いいよ。悪いし」
「ダメよ。
「でも……」
「ほーら?
「あっ……わ、わかったってっ。
「そう? じゃあ、ランドセルを貸して。
「う、うん……」
ランドセルを
「う……くっ。あ、あれ……」
「ふふっ。もう、なにやってるのよ、タッくん。ほら、バンザイして」
「あ、わっ……」
見かねた
そしてそのまま流れるような動きで──おそらく
なんと、パンツまで
「わ、わああっ!?」
なんということもなさそうな顔で、
「あらー、パンツまでびっしょりね。じゃあこれ、
「ち、
「うん?」
「
「へえ。そうなんだ」
えー……大事じゃん。
ブリーフかトランクスって、すっごく大事じゃん。
トランクス=かっこいい男の証明なんだよ、知らないの?
「……
浴室で、
頭の中は……
家に
うーん。
おっぱいとか、興味ある
やっぱり
その直後──だった。
「お
がらり、と浴室のドアが開かれる音。
反射的に背後を
完全なる、
なに一つ身につけない状態で、
「あらタッくん。ちゃんと頭洗ってたのね。
放心状態となる
すごい。
服の上からでも大きいと思っていたけれど……想像以上に大きい。
生まれて初めて見たお母さん以外の女性の
「な……なにやってるの!?」
と、どうにか言葉を
「うん? なにって、私も
「な、なんで……」
「なんでって、おばさんも結構
「ダ、ダダ、ダメだよ、そんなの……」
「どうしてダメなの? タッくんはおばさんと一緒にお
「い、
「うふふ。じゃあ決まりね」
ああ、ダメだ……やっぱり
十
完全なる無
タオルもなく、手で
「っ!? ぼ、
しかし──
「──あんっ」
もにゅん、と。
下を向いていたため前方不注意で──その結果、思い切り
全身が、
「わ、わ、わ……」
「こら、タッくん。お
「う、う……」
「きみぐらいの子がお
「…………ふぁ、ふぁい」
全身を
うう……ダメだ。気を
一人
そして
「はあ、気持ちいぃ~」
「…………」
「どう、タッくん? 熱くない?」
「だ、
「もう……どうしてそんな
「い、い、いいよ、
「そう、
「……うふふ。えいっ」
「つーかまえたっ」
「え、え……」
「ほら、こうして足
いや、
ていうか、絶対背中におっぱいが当たってる気がする!
「うふふ。タッくんて、本当に小さくてかわいいわね。私の手の中にすっぽりと収まっちゃう」
「……かわいいって言われても、
「え?」
「学校でも、よくからかわれるんだ。女みたいな
「タッくん……。ごめんね、私、なにも考えずに言っちゃって」
本当に申し訳なさそうに
「でも、あんまり気にしなくていいと思うわよ。身長が
「そ、そうなのかな?」
「ええ、そうよ。たくさん食べてたくさん運動すれば、健康的に大きくなれると思う。タッくん、なにかスポーツはやってないんだっけ?」
「うん……サッカーとかソフトボールとかやってたけど、あんまり
「そうなんだ。じゃあ……水泳とか、どうかしら?」
「水泳?」
「そう。私も最近知ったんだけどね……水泳やってる子って、頭のいい子に育つことが多いらしいのよ。難関大学に合格する人の中でも、小さい
「水泳……」
「それに、水泳やってる男の人って……なんていうか、格好いいわよね。逆三角形のいい体してて」
「か、かっこいい……」
単純な話だけれど、
「
「ほんと? じゃあタッくんが習い始めたら、
「
「まあね。私、
ママ。そう、ママだ。
本当のお母さんじゃないけれど──でも、あのお
「……
胸が高鳴り、言葉が
「
「尊敬? 私を?」
「うん! お父さんとお母さんが事故にあって……一人きりになっちゃった
「…………」
「
「──ヒーローだったら、よかったのにね」
と。
痛みに
「本当に、ヒーローだったら……ヒーローみたいに、強くて気高くて格好よくて、なんでも
「
後ろを向いた
「ど、どうしたの……?」
「うん、えっとね、実は今日、ちょっと……いろいろあって」
手で
「仕事で、失敗しちゃったんだ」
「失敗……」
「私が担当してた仕事が……他の人のものになっちゃったの。私が初めて一から考えた
「私なんて会社じゃ新人もいいところなんだけど、でもうちの社長は、
声は段々と
「
「…………」
「保育園の
自分が立ち上げた
でも、
「別に、ね……仕事のことは、いいの。ただの
か細い声が
大きな目には、また
「……仕事で
「
「ダメ、だよね。ひどいよね。こんなこと、
「…………」
しょうがない、と思った。仕事で死ぬほど
でも──
直接血は
だから今──
大人の人がボロボロ泣く姿を、
悲しみを
十
「……あ、あはは。ごめんね、なんか
「しっかりしなきゃなあ。社会人としても母親としても、もっとちゃんとしなきゃ。私はこれから、一人で
「──一人じゃないよ」
気がつけば、言葉が飛び出した。
「
「タッくん……」
「た、
「
必死に
「ありがとね、タッくん」
その
きっと──あの日から、なのだろう。
〝
十
そして、
ただ、
だから──守りたい、と思った。
十歳のガキがなに言ってんだって感じだけれど──それでも、思ってしまった。守ってあげたいと、分不相応な願いを
十年
それどころか、日増しに強く燃え上がっていく。
♥
「あら。おはよう、
「おはようございます、
翌朝、ゴミ捨て場でばったり、タッくんのお母さん──
「こないだは、そちらでうちの
「いえいえ。全然大したことはしてないですよ。
「
「どうなんでしょう? まあ楽しそうに通ってますけど、私があれこれ
「あー、そういう難しい
しかし今日、私は雑談の
「あ、あー……そういえば、
と話を切り出した。
「
「うん?
「えーっと、その……なんと言いますか、
「
「いやだからその……、一人の男として……女性との交際を、考えたりする
「…………」
「と、
「……
自分なりに相当遠回しに
「な、なにか、と言いますと?」
「その、だから……あなたに対する、
「──っ!? そ、それは……えっと、あの、まあ……はい」
もはや
「誕生会の夜に……告白、されました」
「……そう、ですか」
「も、もちろんちゃんと断りましたから! 付き合うつもりはないので安心してください!」
「…………」
「えと、あの、た、
「…………」
必死に言い訳するも、
無言のまま目を閉じて、空を
数秒の
「
と、
なにもかもを受け入れたような、
「うちで、お茶でも飲んでいきませんか?」
十数年前にこの辺り一帯が住宅用の
つまり姉
そのためか、なにかと付き合いはあったらしい。
生前の姉からも「お
「もう、十年ぐらい前になるかしら?」
「
「は、はい」
「その日、家に帰ってきてから、
「…………」
どんな顔をすればいいかわからなかった。
あの日──
「最初は私も主人も、
「え、えーっと……これといって、特別な事はなにも……」
い、言えない。
この流れで「
「
「…………」
「学校の勉強を
「…………」
「どういうモチベーションであれ、せっかく
でも、と
大変複雑そうな顔をして。
「
「…………」
「高校に入っても大学に入っても、全然変わらないの……」
「…………」
なんだろう。
とりあえず土下座したい気分になった。
「私と主人も、さすがに不安になってきちゃって……いえ、もちろん、
「……そう、ですね」
当然だと思う。
逆の立場だったら、私だって不安になるし、絶対反対する。
「何度か家族会議みたいなこともしたんだけど、それでも
言葉をそこで句切り、一つ息を
「そうかぁ……とうとうあなたに告白しちゃったのね、あの子」
その表情は、
「やっぱりね、親としては……子供には幸せになって
「……わかります。私も、一人の親としてそう思います。だから安心してください。私は
「でも、そんなのって結局、親のエゴでしかないのよね」
「──付き合うつもりは……え?」
思わず顔を上げて、相手の顔をまじまじと見つめる。
「なにが幸せかなんて、そんなの親に決められることじゃない。むしろ、喜ぶべきなのかもしれないわよね。うちの
「……えっと」
「これが、昨日今日の思いつきなら許せるはずもないけど……あの子は、十年間、ずっと
「……あの」
「私も主人も、あの子の
「……あのー」
ど、どうしよう。
「それでね、主人とも話し合って……決めたの。
「なっ!?」
認めちゃったの!?
私との交際を!?
私の意思は!?
「
そんなことしてたの!?
うちでのお誕生日会の前日に、そんなことしてたの!?
内心で
「あっ。もちろん、一番大事なのは
「…………」
「でも」
「もしも……もしも
そして
「
「…………」
私はもう、なにも言えない。
なにを言っても、どんな反応しても、変なことになりそう。
だから……イエスともノーともつかない、すごく
「ただいまー……って、うわっ。ママ、また死んでんの?」
夕方──
学校から帰ってきた
「また、タク兄のことで
「……ん。まあ」
「もうとっとと付き合っちゃえばいいのに」
「なんでそうなるのよ……」
「今日……
「タク兄ママと? まさか……タク兄の愛の告白について!?」
「まあ、そんなとこ」
「うっそっ! すごい! ど、どうなったの!? やっぱ反対された!?
「……『
頭を
「なーんだ、
「なんであなたは
「でもすごいね。相手の親に許してもらえるなんて。ママみたいなこぶ付き女の場合、
さばさばと言う
「相手の親
ああ、なんなのかしら、この
なんていうか……もう障害がなにもないんですけど!
周囲からのプッシュがすごいんですけど!
こんな
「……そういうわけにはいかないでしょ」
私は言った。
自分に言い聞かせるように、言った。
「付き合うとか
「一度も
「……う、うるさいわよ」
「もういいわ。もう
強く
「……たぶんタッくんは、なにか
そうでもなきゃ説明がつかない。
だって私は──十年も思いを寄せてもらえるような、大した女じゃない。
仮に付き合ったとしても──失望させてしまうだけだと思う。
どうせ失望されるなら、早い方がいい。
傷を負わせるにしたって、浅い方が絶対にいい。
「タッくんが夢に生きてるなら、その夢から覚めさせてあげなきゃね。私という女の……悲しい現実を見せてあげなきゃ」
私は言う。
「名付けて『タッくんにアラサー女の現実を見せつけて
「……名前、ダサ」
その後に付け加えた「てかその、『○○大作戦』っていうネーミングが、すごく古くさくておばさんぽいよね」という死体
♥
作戦その一。
『飲んだくれアラサー女はキツい大作戦』。
これは……キツいだろう。
いい年こいた女が酒に
というわけで。
タッくんが
二人が部屋にいる
こないだ
飲む。飲む。飲む。
もはや味もへったくれもない。高級ワイン特有のまろやかな
タッくんが二階から降りてきた
私は、完全にできあがっていた。
「
飲み物を取りに来たらしいタッくんは、リビングのドアを開いた
おそらくは、テーブルに
「あ~……、た、たっくーん……?」
必死に体を起こそうとするも、
体はフラフラで、目の前はグルグル。
あー……。
どうやら、完全に
ていうか……
「だ、
「……ぜ、ぜんぜん、だいじょーぶだよー。よ、よ、
「こないだのワインの残り……一人で飲んじゃったんですか?」
「うん、飲んじゃったの。
気分も体調も最悪だったけれど、
飲んだくれの、
「なにやってるんですか、
「……今まで
「え? いや……
「の、飲む飲むっ! 今まで
「……ウォッカはジョッキじゃなくてショットで飲んだ方がいいと思うんですが」
「テキーラとかライチでいっちゃうタイプ!」
「……テキーラにはライムじゃないですか?」
「
「……あれ、
しまった!
飲んべえを演じようと思ったけど、私、あんまりお酒の知識がなかった!
「と、とと、とにかく飲むのよ私! 社会人になってからずっと、仕事のストレスを酒で
「なに言ってるんですか」
必死にまくし立てる私に、タッくんは
「
「え……」
「
「それは……」
「いつだかうちで夕飯食べたときだって……
「…………」
確かに私は──長い間お酒を断っていた。
だから極力、お酒は飲まないようにしてきた。
解禁したのは、
「よ、よく覚えてるわね、そんな話……」
「覚えてますよ」
タッくんは言う。
「
「……っ」
ワインのせいで熱くなっていた顔が、さらに熱くなるのを感じた。
「ま、まあ……お酒は断ったりもしたけど、えっと、だから──あうっ」
「だ、
「だいぶ
飲んべえだと思われようとする演技は、全て
安心したような、それはそれで複雑なような……。
「高いワイン
「……は、はい」
「とりあえず、部屋まで送っていきますよ」
「え……だ、
強がって手を
「あ、あれ……? あう……ダ、ダメかも……いやっ、な、なんとか」
「……失礼します」
タッくんは私を持ち上げた。
片手は
世に言う、お
「え、え、ええ~~っ!? な、なにやってるのタッくん!?」
「すみません……危なっかしくて、ほっとけないんで」
「だからって……」
は、
この年でお
「……お、重くない、私?」
「全然。軽すぎるくらいですよ」
そう言ってのける
「じゃあ部屋まで行きますね」
「……はい」
私はもうなにも言えず、ただ
『飲んだくれアラサー女はキツい大作戦』──大失敗。
作戦その二。
『
これは……キツいわあ。
ブランド物を
ていうか女の私からしても、そんな女はなんか鼻につく。
まあこれが、
私が
というわけで。
私は
寸前のとこまで行って、
「……う~~、あ~~……」
リビングのソファにて、一人で
手にはスマホ。
「え~~、うわ~~……こ、これが二十万……? こんな、大して収納性もなさそうなバッグが……に、二十万……?」
とりあえず
高い。
一番下のランクでも、かなり高い。
いや、ありえないわよ。
バッグに二十万円って。
別に貯金を
ここで
「……うぅ~、あ~~。や、やめよ……」
『
作戦その三。
『……これは本当にやりたくなかった大作戦』。
この作戦は──背水の
続けざまに失敗してしまったことで……いよいよこの作戦を実行する他なくなってしまった。
私にとって──身を切る
これまでの作戦二つはある意味で演技
しかし──今回は
作戦その三では、私は
ありのままの私を、
失うものは計り知れない。
それでも──やるしかない。
タッくんに現実の私を見せつけて
「
家に入ってきて、リビングのドアを開いたタッくんは、そのまま
「
私は──言った。
そう、今の
リビングの中央で、
アニメキャラの名乗りを、ポーズを決めながら全力で
格好は──フリフリでヒラヒラしてキラキラした、女子児童向け作品らしい作中
手には変身アイテム
「あ、
「……ふ、ふふ……とうとう見てしまったわね、タッくん」
いやまあ、見てしまったというか、全力で見せに行ったんだけど──それでも、言う。
「これが……ほ、本当の私よ」
格好はコスプレ状態のままだけれど、もはや思いっきり素の態度である。
アニメキャラになりきるエネルギーは、最初の一回で全て使い果たしてしまったのだ。
「今までずっと
様々な
『ラブカイザー』。
日曜日の朝にやっている、国民的女子児童向けアニメである。いわゆる変身
私は……なんというか、この『ラブカイザー』シリーズにハマりまくっていた。
毎週欠かさず録画して、最低でも三回ぐらいは見直している。
「……最初はね、
十年前──
ちょうどその
そして──それが
「……結果として、私の方がドハマリしちゃったのよね」
──へえ、最近の女の子向けアニメはすごいのねえ。
──私の子供の
──……すごい。
子供向けとは思えないぐらい、ストーリーが
──……え? え?
──わっ。す、すごい! 大人向けのグッズとかもあるんだ!
とか。
まあそんな感じで、
「
自分の格好を見下ろす。
黒を基調としたフリフリ
どちらも『プレダン』で
『プレダン』──有名
そこでは高額かつ高品質のアニメ&
ブランドバッグには
「……どう、タッくん? これが……本当の私なのよ? いい年こいて女児アニメにどっぷりハマってて、部屋でこっそりコスプレをしちゃうような女が……私なのよ?」
私は言った。
こんなキツい女だと思えば、タッくんも私に
「……それ」
やがて。
しばらく
コスプレ姿の私を見つめながら、
「
「……え?」
「十年
「そ、そうなの! 去年の夏映画にヒユミンが出たの! 事前情報が
思わず話に乗ってしまったけれど、
まじまじとタッくんの顔を見つめてしまう。
「な、なんで知ってるの? ヒユミンのこととか、この
「なんでって、まあ、
「え、ええっ!?」
「もっと言うと……
「……ええーっ!?」
知ってたの!?
私の痛い
「ど、どど、どうして……?」
「
み、
なんで親の
「まあ、
私は……
タッくん、知ってたんだ。
私が必死に
それどころか──理解しようとしてくれた。
「
「そ、そう! そうなのっ! あくまで子供向け作品であることが大事なのよね!
我を忘れて熱くなる私。
するとタッくんは、私が持っている
「これ……『ラブカイザー・ソリティア』の変身アイテムですよね。確か、『プレダン』限定の、すごく高いやつだった気が……」
「……う、うん。放送当時に発売する
「五万……」
「で、でもね、値段に見合うクオリティなのよ! 細部のディテールがすごいし、本当に作中のアイテムそのままって感じなの! それにほら、ここを
──『私の切り札は──リバーシブルよ!』
「うわっ、すげえ! これ……あの、三十六話の名
「そう! あの三十六話の名
「なるほど、それなら五万円も……
「
「
「そうねえ……。いろいろ
「格好いいですよね。最初クールで
「そう、
「いやー、もう、本当に格好良くて尊いですよね。うわー、どうしよう、話してたら、また『ラブカイザー・ジョーカー』見直したくなってきたな」
「見ましょう! 私、ブルーレイの完全版ボックス持ってるから! すぐ貸してあげ……いえっ、私も
「い、いいんですか?」
「もちろん! タッくんと
「はいっ! ぜひ行きましょう!」
「約束ね、約束!
その後も
絶対二人で夏映画を見に行きましょう、と熱い約束を
「……
リビングのソファにて、頭を
なんで?
なにがどうなったら、こうなる?
しかも私から
「う、うう……タッくんが悪いのよぉ……だって、ラブカイザーが好きとか言うから……そんなこと言われたら、私だって
それなのに、まさか理解してもらえるなんて。
ドン引きされると思っていた
「
「そりゃバカにするでしょ」
気がつけば。
学校から帰ってきた
もはやソファで
「母親が女児アニメにハマって、毎年映画見に行ってグッズまで買ってるなんて」
「み、
「まあ別に
「だ、だって……しょうがないでしょ? 私が一人で『ラブカイザー』の映画やイベントに通ってたら……なんていうか、
「じゃあ、これからはタク兄と行けばいいんじゃないの?」
「そ、それは……」
言葉に
「
と言った。
私はなにも言えない。
その通り。作戦は今のところ、全部大失敗。
タッくんに私のみっともないところを見せて失望させるはずが、一向に
それどころか……どんどん
お
「で、でもっ、この作戦はまだ始まったばかりよ! 私の欠点なんていくらでもあるんだから、これからコツコツと好感度を下げて──」
「あのさ」
私の言葉を
「いつまで逃げてるつもりなの?」
「え……」
私は
言葉の意味が、わからなかった。
「ま、いいんだけどね、別に。ママがそういう態度なら、私にも考えがあるし」
なにも言えない私を無視して、
♥
その日はタッくんが家庭教師に来る日で、
二人が二階で勉強している間、一階で洗い物や
仕事のちょっとした
けれども──
『はははっ。なんだ、私の知らないところでずいぶんと
大層楽しそうに笑う
ああ、やっぱり言うんじゃなかったかなあ。
仕事の
さすがは
トーク力が
……まあ、私のガードが
『
「…………」
『しかし、その
「……笑いごとじゃないですよ」
『おっと失礼』
しかし
『けれどまあ、なんとも純愛じゃないか。その子は、十年もきみに片思いしてたんだろう?』
そうらしい。
純愛と言えば……純愛だ。
ちょっと純すぎるぐらい。
『そこまで
「
『うん? からかっているつもりはないが』
不思議そうな声で言う
『相談……ふむ。相談だったのか、これは。ただの
「なんのって……だから、これから私は、どうすればいいかと……」
『付き合えばいいじゃないか』
からかっている──口調ではない。
ごく
『話を聞く限りじゃ、誠実で
「……そ、そんな簡単には」
『簡単な話だよ、男と女なんて。むしろきみが、難しく考えすぎているんじゃないのかい?』
「…………」
『どうも
「それは、そうかもしれないですけど……でもやっぱり、そんな簡単には考えられません」
『ふむ?』
「今の私が、十も年下の男の子と付き合うなんて……常識的に考えて、無理なんですよ。
『……ぷっ。あははっ。あははははっ!』
「お、
『あはは。いやー、失敬失敬。つい笑ってしまったよ。まさかきみの口から「常識的に考えて」なんて言葉が出てくるとはね』
「…………」
『十年前──
『就職は決まったばかりで貯金はゼロ。子供を育てた経験も
「…………」
ふと思い出す。
十年前のことを。
いや、考えていなかった。
そんな言葉が頭をよぎることもないぐらい、感情が体を
『やれやれ。この十年できみもずいぶんと変わってしまったようだね』
どこか
『あの
「失うもの……」
『失うものがない人間は、なんだってできる。なんにだって
「…………」
『人はね、年を取るほど転ぶことが
『
十年前──
正直な話をしてしまえば──私はあのとき、
でも。
今になって思い返すと──
けど私には──なにもなかった。
だから、
それは
でも──私がそんな感情を持ち、その感情のままに動くことができたのは。
私に、失うものがなにもないからだった。
私が、まだ若かったからだった──
『ヒーローの条件は
「…………」
『着の身着のまま、
『ようこそ
それは、身に
電話が終わり、
「ママ。電話終わったの?」
「あ……うん。タッくんは?」
「もう帰ったよ。電話中だったから、
時計を見ると、もう夜の九時を回っていた。
ついつい長電話をしてしまったらしい。
「ねえ、ママ」
開いていたノートパソコンを閉じて片付けていると、
まっすぐこちらを
「結局、どうするの、タク兄のこと」
「どうって……どうもしないわよ。何度も言ってるけど、私と
「そうじゃなくてさ」
そして
「ママはさ、タク兄に告白されてから──ずっと
「え……」
「『常識的に考えて無理』とか『
「に、
「
思わず目を
「常識とか
「──っ」
言われて、ハッとした。
自覚があった、わけじゃない。
でも確かに私は、無意識のうちに──
一番最初に、告白をなかったことにしようとしたときから、ずっと同じことを
常識という便利な言い訳を使って本音を
そうだ。
私は、まだなにも言っていない。
なんの答えも出していない。
私は──
タッくんの告白から、ずっとずっと、
「ママ。いい加減
「常識とか
「…………」
言葉に
思考は乱れに乱れ──それでも私は、必死に考えた。
考えなければならないと思った。
タッくんの告白と、そして自分の心と、きちんと向き合う。
そして──
「……好きよ」
私は、言った。
「好きに決まってるじゃない。私だってずっと、タッくんのことが大好きだったわ。
「…………」
口を開きかけるけれど、
「でも」
言葉を発するよりも早く、私が言葉を続けた。
「私はやっぱりタッくんのこと……一人の男として見ることはできないわ」
結局のところ、それが答えであり、本音だった。
「タッくんのことは好き、大好き……でもこの気持ちは、なんていうか……母親が
昔からずっと──十
成長した今の姿に男らしさを感じることはあっても──異性として見ることはできない。
「
「…………」
「それにね、
簡単な話だよ、と
でも、私には無理だ。
簡単になんて、どうしたって考えられない──
「
建前を全部
建前は──本音を包んで
これが子供だったなら、
もっともっと、簡単な話かもしれない。
果実の実を
でも──大人になったらもう無理だ。
果実がどんどん熟してしまい──皮と実が、本音と建前が、ドロドロに
本音を
大事な大事な本音の中身が、建前と一体化していることだってある。
「私はね、
どうしたって、リスクを考えてしまう。
リスクばかりが目についてしまう。
今この家で、この地域で、お
もしも関係が明るみになれば、世間からどんな目で見られるかわからない。
私だけならいい。
でももし、
「──っ」
結局これは、
リスクとメリットを
でも──それでいい。
私はもう、人の親なのだから。
子供のままでいていいはずがない。
大人になる
「結局……タク兄とは付き合えないってことね」
しばしの
「……ええ。そうね」
「…………」
しかし。
しばしの
「──だってさ、タク兄!」
と。
数秒後、ゆっくりとリビングのドアが開く。
そして現れたのは──
「タ、タッくん……!?」
「そんなっ、どうして……? 帰ったはずじゃ……」
「……すみません」
「タク兄は悪くないよ。私が無理言ってお願いしたの」
謝罪を
「ママの本音聞き出すから、帰ったフリして聞いててって」
「……ど、どうしてそんなこと」
「だって──タク兄があまりにかわいそうだったから」
それは、
「勇気
「それ、は……」
「どうにか
「…………」
私はなにも言えない。なにも言い返すことができない。『ズルい』。
「
やがて、タッくんが口を開く。
「
最初に
「
次に
「
そこでタッくんは──笑った。
あまりにわかりやすい、作り笑い。
見ているこっちに激痛が走るような、痛々しい
「あはは……ま、まあ、最初から無理だってわかってましたけどね。完全にダメ元っていうか。
明るい声で、不自然なぐらい明るい声で、タッくんは言う。
「男として見ることができないって言われても……返す言葉がないですよ。そりゃそうですよね。今までずっと、そういう風に接して来たんですから。
「……あ、あはは。もう全部忘れてください、
とうとう声は出なくなってしまう。
タッくんは──泣いていた。
目から
それに気づいたのか、片手で顔を
「ま、待ってっ! 待ったタッく──」
「ママ!」
反射的に追いかけようとした私を、
「追いかけてどうするの?」
「ど、どうするって……」
どうする?
どうする──つもりだったのだろうか、私は?
追いかけて、
深く傷ついた
なにになるのだろう?
それで
こんなにも心を痛めてあげた、やるだけのことをやってあげた、という自己満足が生まれて、自分を少し正当化できるようになるだけ──
「それはズルいよ、ママ」
責めるように言った。
私はなにも言えなかった。『ズルい』。つくづくそう思う。自分でも
リビングの
目からは
♥
──一人じゃないよ。
──
──
──だから……だから、
昔の夢を見た。
大体、十年前ぐらいの夢。
まだ小さかったタッくんと、
「……
ベッドの中で目を覚ました私は、夢の内容を
ああ──
そうだった。
まだ小さくて、自分のことも『
こんな大事なことを、今の今まですっかり忘れていた。
「……
本当に
救われたような気がした。
単なる
十
でも。
どうやらタッくんにとっては、
この十年、タッくんはいつもそばにいてくれた。
私が困っていたときは、いつだって助けてくれた。
あまりにも
子供らしい
でも私は──そんな
とっくの昔に大人になり、大人の世界で長く生きすぎてしまった私には、
「……起きなきゃ」
ベッドから降りたら、また新しい一日が始まる。
まだまだ人生は終わらない。
まだまだ続いていく。
人生は、大人になってからの方が長いのだから。
タッくんを(間接的に)フッてしまってから、数日が経過していた。
あの日から一度も、
朝に
もちろんお
でも今は、どんな顔をして
「ママ……もう、また
重い足取りで階段を降りていくと、リビングから顔を出した
「……おはよ」
「おはよ、じゃなくてさ。はあ……まあいいけど。もう朝ご飯できてるよ」
リビングに入ると、テーブルにはすでに朝食が並んでいた。ご飯に
この三日間は、毎朝
「はーあ。ママがだらしないせいで、私、どんどん料理が上手になっちゃうんですけど? 今日なんか時間余ったから、自分でお弁当も作っちゃったよ」
「……そう。すごいわね」
グルグルと
ここ数日、夜は
「まったく……ママが
「う、うるさいわね……」
「朝から
「……
「だって私はタク兄の味方だもーん。タク兄の純愛を
ふざけた口調で言った後、
「まあ、もう
と、
軽い調子で、とんでもない言葉を──
「タク兄、
「……え?」
手に持ちかけた
言葉の意味がわからず、思考が停止してしまう。
「え……え? い、今、なんて……」
「だから、
「…………」
やはり意味がわからない。
言葉の意味を、脳が受け付けようとしない。
「……ええ? う、
「ママにフラれたから、別の女と付き合い出したんだよ」
混乱する私とは対照的に、
食事の手を止めることもなく、
「
「…………」
「これまではママ一筋だったから
「…………」
「あっ。そういえば今日、
「…………」
「ご
一人でちゃっちゃと朝食を食べ終え、
私は、朝食に手を付けることもできないまま、ただ
その日の午後──私は、バスを利用して駅へと向かった。
まあ、たまたまね。
たまたま駅の方に用事があっただけ。
そして最上階に映画館がある駅近のビルに向かい、一階の
うん、これもたまたま。
たまたま前からこの
スプリングコートを羽織り、大きなサングラスとマスクをつけて、正体を
「……はあ」
やめよう。もうやめよう。
自分で自分に言い訳しても、
結局……気になって来てしまった。
タッくんにできた
あ~、もう。
なにやってるんだろう、私……。
私がフった側なのに──私が傷つけた側なのに。
こんなことをする資格は、私にはないはずなのに──
……いや、まあそもそも他人のデートを
と。
そんな風に
「──っ!」
来た。
タッくんだ。本当に来たっ。
ビルの出入り口から
全体的に若さが
二人は、私の前を通り過ぎていく。
仲良く並んで、とても楽しそうに。
若者同士、お似合いのカップルに見えた。
「…………」
ちょっと放心状態になってしまう。心が一気に冷えていくのを感じた。
本当、だったんだ。
タッくんには、本当に
新しくできた
「……っ」
心は
なによ!
なによ、あの女!
かわいくて、オシャレで、足も細くて……な、なんかムカつく!
タッくんもタッくんよ!
あんな女にデレデレしちゃって!
ていうか……私と全然タイプ違くない!?
やっぱり若くてかわいい子がいいんじゃない!
本当は私みたいなおばさんより、同年代の若い子がよかったんでしょ!
とか。
身勝手な
ああ──
なにに
私には、こんな
心は信じられないぐらいゴチャゴチャしてしまって、自分でも自分がなにを考えているのかわからない。
それでも私は──気づけば
最上階の映画館は、平日だからかあまり
人混みがなければ接近は厳しい。私はグッズ
映画のチケットを
種類の
え、えええ!?
それって……間接キスじゃないの!?
いや別に、中学生じゃないんだから間接キスぐらいで
仮に間接キスするにしても、もうちょっと
それをまるで、男友達とやるみたいに、自然に──
「……あっ」
間接キスに
きょとんとした顔で私を見つめた後、タッくんにひそひそと耳打ちをする。
すると
私は
「あの……
「……ひ、
「…………」
「…………ご、ごめんなさい。私です」
観念した私はサングラスを外す。
クリアになった視界には、タッくんの
「なにやってるんですか、こんなところで……」
「え、えっと、その……た、たまには映画でも見ようと思って」
「……そんな格好で、ですか?」
「い、いいでしょ! 今日はちょっと
「なにって……映画を見に来たんですけど」
「そ、それはわかってるけど……でも、ちょっとどうかと思うなあ。こういう学校が休みの日こそ、みんなと差をつけるチャンスなのに」
「……?」
「か、
「
「べ、別に私には関係ないんだけど! タッくんが
自分でわかるぐらい
タッくんは
私とタッくんの顔を
「やっぱり
ただでさえ混乱気味だった私の頭は、さらに混乱する。
その声に、声質に、大いに
「さっきから
声。
女性の発する声とは思えない、低い男の声だった。
「はじめまして、
頭が真っ白になる私を無視して、
いや。
「
目の前に立つかわいらしい
「え……あれ? お、男の子……?」
「はい。男ですけど」
平然と
「そっか。今日はこんな格好だったんだ。あはは。すっかり忘れちゃってたな。
「…………」
「もしかして
「……う、うん」
「え。ほんとに
「あっ。ち、
「……
「あ、ああ」
「そう……
ぶつぶつと
「ふむ。これは……
と、
「……そう、かもな」
「オッケー。じゃ、先に入って席についてるよ。終わったら来て。まあ別に、来ないなら来ないでもいいけど」
残された
「あの子……タッくんのお友達なの?」
「……そうですね。大学に入ってからできた友達で、なにかとツルむことが多い感じです」
「あんなにかわいいのに……男の子なんだ」
「あいつ、大学の外だと
「へ、へえ……」
なんていうか、今時ねえ……。
おばさん、ちょっとついていけないかも。
ともあれ。
私が『
だって……実際にその通りなんだから。
「今日は、あいつから映画に
「…………」
「でも
「それは、その……」
「もしかして──
「ど、どうして?」
「……今日、
「じゃ、じゃあ私──
う、うぅ~~、
「つまり
「え、えっと」
反応に困ってしまう。全くもってその通りなんだけど、認めることは
だってそれじゃ、まるで。
私がタッくんのこと、気になって気になって仕方がないみたい──
「なんか……ちょっとショックですね」
「ご、ごめんなさい!
「あー、いや、そこじゃなくて」
「
「え……」
「そんな簡単に、ふっ切れるわけないじゃないですか。フラれたからって、新しい女になんかいけるはずないじゃないですか。
段々と言葉に熱が
「……すみません。
「………」
「あはは。未練がましくて気持ち悪いですよね。あの……だ、
無理に作ったような
やめるようにする、と。
私を好きなことを、私への
「また、お
姿勢を正して、誠実な口調で言うタッくん。
でもどうしてか、すごく
一線を引かれたような──
「あと……今日の
「え……」
「わかってますよ。
「…………」
「
私から、
一線を引いて、
それがわかった
「ま──待って」
気づけば。
私は、
上着の
「……や、やめないで」
もはや思考は完全に停止している。でも口は勝手に動いてしまう。脳を経由しない言葉が、心の
「私を好きなの……やめないで」
なにを。
なにを言っているのだろう、私は。
でも、止まらない。
もう言葉を、止めることができない。
「
だって──しょうがない。
今の私がなにを考えているのか、私にもわからない。
「……やだったの。タッくんに
「…………」
「おかしい、わよね。変、よね……。あんなにきっぱりと『付き合えない』って言ったはずなのに……。もう、自分でも自分の気持ちが、全然コントロールできなくて……」
言葉がとめどなく
「……この前、うちのリビングで
「…………」
「できない──はずだったのに」
私は言う。
「タッくんに告白されてから──好きだって言ってもらえてから、もうずっとタッくんのことで頭がいっぱいで……
その表現に
「たぶん私……ほんとはもう、タッくんのこと男として意識しちゃってるの」
私は言った。
引いていた一線を
ずっと目を
──
告白された日から──
私の中でタッくんの存在が、信じられないぐらい大きくなっていっている。
けれど──もう無理だ。
これ以上
「えと……だからね? 男としても意識してるんだけど、
「……要するに」
言葉と気持ちが
「ちょっとは
「……う、うん」
「でも、『
「そ、そうみたい……」
「だから、
「……うん。ちょっと、なにもかもが急すぎて、まだまだ全然心の整理ができてなくて……」
「そのくせ、
「……えっと」
「付き合う気はないけれど、
「…………」
あ、あれ?
改めて考えてみると……私、メチャクチャなこと言ってない!?
死ぬほど自分本位で、死ぬほど
「……ぷっ。ははっ。はははっ!」
タッくんは
大きく口を開けて、声を出して笑う。
「ははっ。ふふっ……
「……うう」
返す言葉もない。
激しい自己
「いいですよ」
とタッくんは言った。
「え……」
「全部
「え、え……い、いいの?」
我ながらとんでもなく最低なことを言ってると思うんだけど。
「
それに、とタッくんは続ける。
「変な話ですけど……今、
「う、
「
「……っ」
すごい
心を
激しく
「その……なんていうか、ちょっとは可能性あるって考えてて、いいんですよね? 脈ありってことで」
「う、うええ!? いや、その……ま、まあ、そうね。そうかも。ちょっとぐらいなら、あるかも。ほ、ほんとにちょっとだけどね!」
「わかりました」
タッくんは笑う。
さっきの
「えと、あの……脈ありって言っても、きゅ、急にどうこうって話じゃなくてね! もう少し時間をかけてじっくり考えたいっていうか……」
「わかってます。
情けないことを口走ってしまう私に、しかしタッくんは
「十年も待ってたんだから、少し待つぐらい平気ですよ」
「タッくん……」
「えっと、じゃあ……しばらくは現状
少し照れたように言いつつ、タッくんは私に手を差し出す。
「また、よろしくお願いします」
「……わ、わかったわ。仲直りの
少しの
手のひらで感じる
大きくて、骨張ってて、小さい
男らしさを感じさせる手で、
「
タッくんは言う。
「
「……お、お手
まっすぐで情熱的な告白を前に、私は
♥
シングルマザーの朝は早い。
まあ……最近はダメダメだったけれど。
でも今日は、久しぶりにちゃんと起きることができた。
ぐっすり
完成した朝食をテーブルに並べているタイミングで、
「わーっ! ヤバいヤバい、完っ全に
ドタバタと
『
わからない。
本当に、わからないことだらけ。
そして──自分の本音も。
大人になっても、人生はわからないことばっかり──
「まずいまずい……最近はママがダメダメだから私がちゃんと早く起きなきゃいけなかったのに──って、あれ? ママ……?」
「悪かったわね、ダメダメで」
私を見つけてきょとんとした
「おはよう、
「お、おはよう」
「ほら。ご飯冷めちゃうから、早く食べなさい」
「……あはは。なーんだ、もういつものママに
私もコーヒーを
「もうちょっとぐらいダメダメモードでもよかったんだけどねえ。そしたら私も、家事スキルがもっともっとレベルアップしただろうし」
「別に
「いやいや、それはまた別の話っていうか」
「まったく……」
「それにしてもさ──ママもほんと単純だよね」
「タク兄と仲直りできた
「う、うるさいわね……」
「ちゃんと感謝してよね。私の
「……ええ、もう、おかげさまで」
「あーあ。でもほんと、
「……あーあー、うるさいうるさい」
あんまり正論ばっかり言わないでよ、もう……。
その後──朝食を食べ終わったぐらいのタイミングで。
家のチャイムが鳴った。
タッくん。
お
もう、男の子じゃない。
もう、男の子になんて見えない。
一人の立派な──
「おはよ、タク兄」
「おはよう、
まずは
それから
少しだけ照れが
私も
真正面から、
「おはようございます、
「おはよう、タッくん」
いつも通りの、今まで通りの
でも──今までとはなにかが
それはもしかしたら、ただの気のせいかもしれない。
あるいは、
「……なーに朝から見つめ合っちゃってるの?」
「「──っ!?」」
つい見つめ合ってしまっていた
「私、お
「……からかうなよ。行くぞ」
「はいはーい。じゃあママ、行ってきます」
「行ってきます、
「い、行ってらっしゃーい」
ドアが閉められた後──ホッと息を
はあ。
よかった。
なんとか
昨日の今日だから、タッくんの顔を見るとやっぱりドキドキして頭がこんがらがりそうだったけれど、どうにかこうにか平静を
相手は──今別れたばかりの相手。
「タ、タッくん……?」
私は不思議に思いつつ、メッセージ画面を開く。
そこには『おはようございます。
『
もしなにもないなら、
二人でどこか出かけませんか?』
「……え、え、え~~~っ!?」
これは……デートのお
完全にそうよね!?
なんかもう……全く好意を
すっごいぐいぐい来る!
アプローチが
──
昨日の言葉が
いや、その……いくらなんでもいきなりすぎない?
私はもう、
三ピー
とってもかわいい
どうにかこうにかしばしの
もしかすると……私が
あとがき
そんなこんなで
姉
ジャンル、というかシリーズとしての方針は──青年主人公と隣家のママ、一対一の純愛ラブコメで行くつもりです。ハーレムにはせず、ひたすら
では以下謝辞。
担当様。こんな
そしてこの本を手に取ってくださった読者の
それでは、
電撃文庫
2019年12月10日 発行
ver.002
©Kota Nozomi 2019
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
電撃文庫『娘じゃなくて私が好きなの!?』
2019年12月10日 初版発行
発行者 郡司 聡
発行 株式会社KADOKAWA
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